ひとつの崖から

yosuke0araki2004-01-30

 まだ幼稚園に入る前だから、もう20年以上前に読んだ本のタイトルである。筆者は当時高校生だったそうだけど、今はどうしていることだろう。
 化石の入門書であるこの本には、平凡な崖から採れる貝化石の魅力が綴られている。二枚貝の種類によって水温や水深が分かるし、貝の向きによって水流が分かる。博物館にある恐竜の模型を気に入っていた幼年の私にも、貝に対する筆者の熱意は伝わったような気がする。
 この本を再び読み返したのは、10年近く経った中学生の頃だった。仙台に引っ越したばかりの私は、青葉城の下にある竜の口峡谷の貝化石に夢中になった。学校が終わったらすぐ自転車で竜の口へ行き、暗くなるまで崖と格闘し、家で適当な大きさにして、次の日の授業中にブラッシングする。そして、また竜の口へという日々だった。硝酸銀の塩素反応から淡水であったか海水であったかを検証しようという、不可思議な試みが当然のように失敗して、理科作品展では上へ行けなかったけどね。
 受験参考書の山の中に埋もれていたこの本をもう一度掘り返したのは大学時代、奥泉光の「石の来歴」を読んだときだった。岩石マニアの主人公の人生のむなしさを、石を通して語る芥川賞受賞作。自分の化石の趣味と今まで歩んできた道が思い出されてきた。その源近くに、この本があると感じた。
 江差から札幌への道すがら、露頭を見ながら化石はないかなあとぼんやり考えていた。そして、この本のことを思い出していた。私は、貝化石とは全く関係のない公務員人生を歩んでいるけれど、いつかどこかで再会するであろう気がした。