浦島太郎の遺言

yosuke0araki2004-03-14

 旅行会社の壁に大きな南洋のポスターが貼ってあった。透き通る海は、しばれる冬の北海道に住む私たちにとって憧れである。しかしその環境は、私たちが想起する豊かな自然とは乖離している。南洋は生物のほとんど住めない場所だからこそ透き通って美しい。南洋に対応するのは南国の密林ではなく、南国の砂漠なのである。
 植物プランクトンにとって必須なのは、太陽光と無機物である。しかし太陽光が海面近くでしか得られないのに対し、無機物は深海に溜まる傾向がある。海水温が安定している南洋は、このような分離状態にあるため、植物プランクトンというピラミッドの最下層が小さくなってしまう。
 高緯度地方ではそうならない。つまり気温が低くなると、水面近くも冷やされる。水分は冷たいほど重くなるから、水面近くの層が沈み込み対流が生じる。この対流によって無機物が持ち上げられ、生物のための環境が良くなるのである。
 私は、この豊かな北洋の資源を活用できないかと思っている。それは単に漁獲高の向上ということではない。文明人が熱帯雨林に求めるのが、焼畑にしたときの肥料としての燃えカスではないのと同じように。豊富な種の資源こそは北の海の宝である。現段階において、もっとも商品価値が高いのは薬としての利用であろう。ホヤの仲間には薬理作用を有する多くの資源があるという。エイズの特効薬や癌の特効薬、そうした夢の薬が深海の甲殻類から作れるという説もある。まだその情報は玉石混交といったところだが、関心を持って研究を支援していくことで道は開けるかもしれない。

 しかし人間と密林との接触が新感染症の原因になったように、深海への扉を開くことは新たな危機に人類をさらすことになるかもしれない。浦島太郎が竜宮の生活を享受したあげくに、老人になって不幸のどん底に転落したのは、箱を開けないという約束を破ったからだ。現代人にも浦島のように明確ではないけれど、自然との間に約束があると私は思う。どこまで進むべきか様々な角度から問いかけながら、しかし強い意欲を持ってこの豊かな北の生物資源を開発していきたい。