官庁訪問

yosuke0araki2004-06-30

 JRで富山に帰省する途上、東京駅で途中下車した。リクルートスーツで霞ヶ関へ向かう学生らしき姿をみかけた。二年前の自分を振り返り懐かしく感じていた。
 国家公務員一種試験合格者=キャリア官僚という偏見が、一般的には流布している。しかし、人事院は採用予定者の2.5倍を合格させるため、試験には合格したもののどこからも内定をもらえない人が大量に出ることになる。さらに、行政・法律・経済の三職種の合格者といえども、法務省国税庁などでは検察官や財務官僚が上位ポストを独占するため優遇されているとはいえない。具体例をあげると、私が合格したH14年の試験では法律職合格者が442人で採用予定者は155人だった(もちろんここには法務省国税庁も含まれる)。出世ということだけを考えるなら、キャリア官僚は他の全ての公務員から隔絶しており、会社の浮沈などによる今後の逆転はない。このため誰もが官庁訪問では必死になる。
 官庁側では人物本位の採用をしているという。この人物本位は中々不明瞭なので、官庁訪問をしていない人からは結果論で様々な憶測をされる。例えば、試験の成績順であるとか、出身大学による差別化だとか。
 私の席次は47番だった。席次だけで判断されるなら財務・外務以外ならどこでも行けただろうと思うけれど、官庁訪問中に席次で優遇されていると思うことはほとんどなかった。さらに感じるのは、官庁側で東京大学の学生だけを優先的にとろうと思ってはいないことだ。ただ東大生は友達同士ででも天下国家を話題にすることが多いようなので、比較的に官庁の関心と一致することが多い。これは本郷というキャンパスが学生を育てているのであり、大学差別とはいえない。むしろ官庁がルールにのっとって公平に人選するからこそ、情報も少ない地方からの訪問が不利になるのであり、アファーマティブアクションが必要だと思う。

 官庁訪問のルールは毎年変わっているので今年はどうかは知らないけど、私の年は隔日訪問が8日間、自由訪問が4日間という日程だった。これだと9日目つまり5回目の朝に訪問した官庁が学生にとって第一志望だということが明らかになる。官庁としては9日目の朝から優秀な学生を拘束したい。
 私は農林水産省を第一志望で回っていたが、7日目の夜に多くの学生がキラれる中で、13人の訪問者で夕食に連れて行ってもらった。8日目の夜にも11人だけが夕食に連れて行ってもらっており、この段階で自分が有力候補であると認識した。農林水産省の採用予定は事務系三職種合わせて15人、この年の官庁訪問が一次試験合格者(法律職だけで700人以上いたと思う)を対象としていること、他省庁からも拘束がかかっている人がいることを考慮すると、このメンバーのうち9日目を訪問した者が内々定をもらえるという推測になったのだ。
 意気揚揚と9日目の朝、農林水産省の待合室に入った私が様子がおかしいことに気づいたのは数時間後のことだった。待合室は出入りの管理もされなくなっていたし、新しい人が次から次へと入ってくる。昨日まであったペットボトルの飲料もない。どうやら12人がプレハブに隔離されているらしいことを知ったのは昼過ぎだった。プレハブ組はもちろん食事にも連れて行ってもらっているという。14人がプレハブ行きを指示されたが自治と外務へ行った者があるということだった。プレハブは一軍、私は二軍だったのだった。
 待合室の雰囲気は最悪になった。天国から地獄へ。夜になって、順次5人の名前が呼ばれた。どうやらプレハブ行きの指示だということは待合室のみんなが感じていた。最後に呼ばれたのは私だった。希望はまだあるということをしきりに言って沈むムードを盛り上げようとしていた私は、親しくなった多くの人から励ましの声をかけられて待合室を出た。なんだか胸が熱くなっていた。
 10日目は朝から大臣室の傍の会議室に17人が集合した。内々定者の最終合格率は異常に高く20人以上も内々定をもらえるわけではないのはこの時期には承知していたけれども、人選はこれで確定したろうと思った。監査官面接の次は秘書課長面接で最終だが、人事異動のため秘書課長が多忙だという。10日目も11日目もただ拘束されるだけで、昼食・夕食は奢ってもらい、宿舎に帰るのは日付が変わる頃だった。
 官庁訪問最終の12日目朝、私は愕然とした。会議室は6人が加わり23人になっていたのである。農林水産省で拘束されていた10日目と11日目、既に多くの官庁で内々定者は固まっていた。人気官庁で内々定の一歩手前までいった優秀な人材、そういうのを農林水産省では待っていたのである。この中には、プレハブを蹴って自治と外務へ行った人も含まれていた。この23人が課長面接後に呼ばれ、15人に内々定が、8人に補欠であることが申し渡された。私は補欠だった。結局、15人は全員が最終合格したため補欠からの採用はなし。私は地方公務員として就職することになった。

 キャリアとして採用された人とされなかった私のこれからの人生における差異はあまりにも大きい。しかし私は、この世界を一瞬でも見ることができただけでも、何もないよりは有意義だったと思っている。