法律をどう学ぶか

yosuke0araki2005-08-20

 法学部から農学研究科へ進学した私が気付いたのは法学部の特殊性である。農学部だけでなく大半の学部においては、一人の教授と一人の助教授を中心とした研究室が教育研究の単位となっている。中等教育の課程を終えて何も分からず入学した学生は、概論を履修していく中で自分の興味関心を具体化し、学部卒業までに特定した一研究室において徒弟として密接な人間関係の下で論文を執筆することになる。
 これに対して北海道大学法学部の場合には、公法・私法・政治などのコースはあるものの、全員が同じ授業を受講することが可能である。とりあえず全てを受講して、卒業に必要な単位が揃ったところで、学校を去るということが可能である。私の場合は公法と政治の両コースの単位が3年生の後期には揃ったので、この時点で学部を去った。また、法学部に卒業論文がないことは有名だが、授業に出席することがほとんど成績評価の材料とならないことも大きな特色である。私は最後の1年間だけ学校へ行かなかったけれども、定期試験さえリーガルマインドで通すことができれば、中の2年間もほとんど学校へ行かなくてよい。もちろん逆に、要領が悪いとどんなに努力しても浮かばれないのが法学部でもあるけれど。
 学部生全員が大教室で同じ講義を受講するという意味だけでなく、全国のどの大学でもほとんど同じカリキュラムが組まれているという意味でも、法学部は特徴的である。22歳で東京大学法学部を卒業・助手任用、25歳で地方大学の助教授任用、35歳で教授昇任というエリートコースがあるためか、北海道大学など地方大学は東京大学札幌分校などと揶揄されるのであるが、それが可能なのは、全国どこの法学部でも講義の内容に共通性が大きいからである。この共通性は、競争試験によって、学生を選別する場合に非常に公平に作用する。例えば旧司法試験の場合、憲法民法・刑法の択一試験憲法民法・商法・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法の試験があった。国家公務員Ⅰ種試験法律職の場合、憲法行政法民法・商法・刑法・労働法・国際法択一試験憲法行政法民法の記述試験がある。民法憲法などこれらの科目の教官はどこの法学部にも遍くいるのであり、授業放棄しない限り全ての法学部生に受講の機会がある。
 私の一番の苦手科目は商法であり得意科目は憲法であった。しかし、その私が愕然としてしまったのは、バイト先の学習塾で中学3年生に社会・公民を教えているとき、自分が憲法の問題を全然解けなかったことである。中学生は、どの権利がどの条文に明記されているかなど、条文の丸暗記を強いられていた。こんな無機質な作業は私にできるはずもなく、中学生にもおもしろいはずはないだろう。法学部にお堅いイメージを持つ人が多いのは、みんなこういう経験をしているからかもしれない。しかし、大学で履修する法学はもっとダイナミックなものである。商法はいざしらず、憲法のために私が暗記につとめたのは5種6件の違憲判決だけである。一票の格差・尊属殺・森林法・薬事法・郵便法それに第三者所有物の没収についてだけ違憲、それ以外の法律はすべて合憲だという結論の下で、個別の判例を分析していけば、それで試験には事足りるし最高裁判所の解く論理も鳥瞰することができる。そして、その論理を見失わないで判例を紐解けば、世の中にはこういうモノの見方があったのか、そう感動する経験を繰り返すことができる。
 ただ、法学の研究が日本の国内法の研究をメインにしており、しかも統計に裏打ちされた政策法務には論が及ばないため、少なくとも学部段階では高校英語や高校数学を活かす機会があまりないのが物足りなくはある。そういう醍醐味があるのは、「法と経済学」 law and economy のような融合分野。いつか条例の起案に携わる機会があれば、国内外から幅広く統計データを集めて、当該条例案の経済モデルを作ってみたいという野心が、私にはある。