恵山ニ登ル

yosuke0araki2005-09-24

 今日、恵山に登った。昨夜は、函館に泊まり朝一のバスで旧恵山町側の登山口に着いたのが9時少し前。旧椴法華村側の水無海浜温泉の波間に足を浸して正午の時報を聞いたから、時間にすれば3時間といったところか。しかし、密度の濃い充実した山の旅路であった。恵山を訪れる人の多くが旧恵山町側の駐車場から付近のつつじ公園を散策し、余裕があっても登頂したらすぐ車で恵山町側から帰ってしまう。しかし車を持たない私は、起点と終点を異にすることができた。
 恵山といえば躑躅が有名であり、確かに花の頃には見事だと想像できる。しかし、潅木の下の高山植物を主とした下草の豊富さこそ、この山の最大の魅力であろう。恵山は標高約600メートル、函館山の2倍程度の小山である。しかし火山灰による痩せた土壌と津軽海峡を吹き抜ける寒風により、高山植物の楽園となっている。強いて言えば湿原のないことだけが不満。もう少しだけ山が大きければ、雨水を集めることができ、そこに水の奏でる繊細な生態系を作ることができたのだろうが。
 硫黄たちこめる山頂付近は、そういう下草すら育たない特殊な世界である。しかし、そこから3方に展開する海は見慣れた爽やかな青であるし、渡島半島の山並みも見慣れた深い緑である。特異な自然の中に身を置いてありふれた世界を見渡す。そういう感覚も恵山ならではの魅力だ。さらに、椴法華村側に下ったことが私の旅をさらに厚みのあるものにした。急峻な崖を縫いながら下っていくと、高山植物から道南の森へとみるみる周囲の情景は変わっていく。足はガクガクになるけれど、見飽きる間もなく海浜に着いてしまう。 
 実は私が、山登りをするのは98年以来7年振りのことである。昨年は10月末に八甲田山を周遊しようと思ったけれども、ロープウエーの駅は既に銀世界だったので、奥入瀬を下ってお茶を濁した。その前に登ったのは98年9月の空沼岳。大学の山小屋を利用して深まりゆく秋を満喫した。その前は98年7月の大雪山系。黒岳で帰りのロープウエーに乗り遅れたために石室での泊を余儀なくされた。後にお世話になる農業経済学の院生のパーティーと、たまたま知り合いカレーをご馳走になったのは、この時であった。翌朝、寒さに震えて目を覚まし、ヒグマに怯えて歌いながら旭岳を経由して天人峡へ下山。後日、牧慎太郎財政課長にゼミの飲み会の折にこの話をすると「ぼくも先週山で室蘭市長と会った。こういう山での出会いというのは大切な財産だ。」と仰っていたのが記憶に新しい。
 ただ、この7年も山に惹かれることがなかったわけではないのだが、公共交通機関が登山口までいっている山が少ないことと、一人で歩くとヒグマとの出会いを覚悟しなければならないことが、山を遠いものとしている。この恵山をキッカケに、もう少し山への機会を作りたいし、誰か山仲間を作りたいなあと思った。このページを見てくださっている方で、もし同志の方がありましたら、ぜひメールください。 
 最後に一言。椴法華のホテル恵風で昼食をとり入浴したけれど、どちらも申し分なかった。本当は恵風で後泊したかったのだけれども、2〜3ヶ月前の段階でほとんど休前日は毎週が満室だったために断念して函館前泊にしたのである。ホテル恵風を予約してから恵山登山というのが私のお薦め。