北朝鮮に制裁を

yosuke0araki2006-08-05

 私は、北朝鮮への制裁を強化すべきであると考えている。
 もっとも、その制裁の主たる理由には拉致問題は含まれていない。いかに拉致が非人道的な行為であったとしても、わずか数十人のために、一億国民の命運がかかる外交判断をするべきではない。また、例えば地下鉄サリン事件阪神大震災といった、被害者に帰責性の全くない他の事件と比較しても、拉致被害者への支援体制は十分に手厚いものだと思う。さらに、不謹慎ではあるけれども、もはや横田めぐみさんは生きてはいまい。拉致が公式に認められた今日においては、彼女らは既に厄介者でしかないのであり、北朝鮮にとってただ飯を喰わせておく価値はないのである。自殺前後の状況が不整合なのも、遺骨のDNA鑑定結果も、めぐみさんの死が処刑などの公にできない理由であった可能性や、ずさんな行政運営を示すにすぎない。それでも生きていると信じる家族の心情は胸を打つけれども、外交までが感傷的になることはあってはならない。
 私が、北朝鮮への制裁を主張するのは、瀬戸際外交への対抗策は、宥和外交であってはならないと考えるからである。かつてミュンヘン会議においてスデーテン地方の割譲に合意した英チェンバレンと仏ダラディエは平和を信じたけれども、わずか1年後にはヒトラーポーランド侵攻による第二次世界大戦という最悪の現実をむかえた。譲歩というのは、条件次第では平和状態を歓迎する者同士がするものなのであり、片方が刺し違えるつもりであれば無意味である。
 ところで北朝鮮は今、水害で犠牲者は数百万を下らないという。金正日はともかく、人民に罪はないのだから支援すべきだという声が韓国を始めとして各地で上がっているようだが、私は賛成しかねる。春秋の昔、秦の穆公に支援された夷吾が重耳(後の文公)を差し置いて晋公となったけれども(恵公)、即位するや秦への割地の約を破棄した。ところが、晋では凶作になるや秦に支援を求めた。秦の穆公は、晋の民に罪はないという百里奚の言を容れて晋に食料を送った。次の年は秦が凶作になったので穆公はその年は豊作だった晋に支援を求めたが、これを聞いた恵公は、秦を叩きのめすのは今だと秦に出兵した。秦と晋は韓原で戦い、秦が勝利して恵公は捕虜となった。苦難の行軍と称された90年代からわずか数年でまた災害だというのは、天災ではなく人災である。支援といい金正日体制の私腹を肥やさせるからこそ、人民は度々災害に見舞われるのである。
 先月のミサイル発射後の日本の対応は迅速かつ適切だった。98年の対応に失敗した反省が生かされて事前に準備がされていたからだろう。制裁項目が削除されたとはいえ、安全保障理事会の場で日本が毅然とした対応をし、中国やロシアを政治的に追い込んでいくなどということは、今までに聞いたことがない。ただ、イスラエルヒズボラの危機が深刻化してしまうと、イスラエルへの制裁と北朝鮮への制裁は混同され、アメリカの国連での支援は期待できなくなる。今後の北朝鮮への対応には、国連とは別のルートが必要になろう。
 冷戦終結後、中国とロシアの関係はかえって緊密化し、中国の経済成長のために台湾の地位は相対的に低下し、民族主義という建前により韓国は左傾化した。東アジアだけでみるならば、国際的孤児は北朝鮮よりもむしろ日本である。この困難な情勢において、北朝鮮への制裁と対中関係修復を並行することは矛盾するようではあるが、可能であるし、それしか選択肢はない。いじめられっ子の立場を返上するための条件とは、他にいじめられっ子をつくることと、いじめっ子の中心にいるボスに気に入られることである。ボスにとって、標的の存在こそが必要であり、それが台湾だろうが日本だろうが北朝鮮だろうが、自らの指導力さえ発揮できれば構わない。中学校のクラスにも国際情勢にも通じる論理である。