原油高騰

 原油の高騰が止まらない。WTI当限は6月27日、ついに142ドル。10年前は10ドル、去年の年初でも50ドルというところだから、ここまでの急騰は専門家の多くが予測できなかったのも当然だろう。
 原油などのエネルギー商品は、商品市場における取引高の半分以上を占めるものであるため他の商品の市況にも大きな影響を与える。原油高により代替エネルギー源としてトウモロコシの需要が増大し、トウモロコシと小麦の作付割合の変更により小麦の供給が減少し、パンの原価が上がるといった風と桶屋の議論は既に人口に膾炙されている。そして商品市況の高騰がインフレを引き起こすことへの懸念が、世界全体で株価を下落させている。
 私自身は、原油高が世界経済を失速させるという議論の潮流には疑問を感じている。確かに二度にわたる石油危機では、物価の上昇と不況が同時に進行してスタグフレーションが発症してしまった。しかも、オイルショックにより長期にわたり世界経済が低迷してしまったために、その後かえって原油価格はショック前の水準以下に低下してしまったというおまけつきである。しかし、そもそも経済理論の原点に立ち返れば、貨幣価値への信頼を失わせない限りにおいて、長期的なインフレ見通し購買意欲の維持に不可欠なものである。また、ある時点においては、物価が上がれば消費者が買い控えるということもあろうが、それは消費者が購入するモノが減るだけのことであり、金額が減るわけではないから、内需関連であっても、原価の上昇により営業収支が悪化するとして、収入そのものに悪影響を及ぼすものではない
 ところで、二度にわたるオイルショックと今回の相違は二つある。一つ目は、オイルショックが、OPECにより人為的に作られたものであるけれど、今回はそうではないこと。ただ、この点について、年金系ファンドなど投機的マネーもかなりの程度が市場に入っていることから、今回も人為性を否定することはできなかろう。生産可能量と世界的な消費量の相関だけで価格が決まらないということは、市場に何らかの歪みをもたらしており、それが経済の足枷になる懸念は残る。
 二つ目の決定的な相違は、今回の消費者が先進国に限られないことである。スタグフレーションは、先進国病であり、物価上昇を上回る経済成長が続いていれば、物価上昇はたいした問題にはならない。このため、大きな視点でみれば中国やインドの成長を止めることはできないだろう。また、日本についてみれば、低成長ではあるものの10年近くもデフレにあえいでいたのであり、今回の物価高騰は景気回復を次のステップへ乗せるためのショック療法になる可能性まである。欧米、とりわけアメリカのみに深刻な問題だといえなくもない。
 以上の理由から、原油高騰が長期不況の主たる要因になるとは考えていないのだが、不況の引き金を引く可能性はありえよう。昨年来のサブプライムは、問題そのものが深刻だったわけではなかったにも関わらず、ニューエコノミー論や日経平均株価の底打ち感から過剰な投資がされていたため、その引き上げの契機となってしまった。急激な資金の流出のために全体の損失が拡大し、それがさらなる資金流失を招いたのは記憶に新しいところである。言ってみればバブルがはじけたわけだが、まだはじけきっていないのであれば、商品市況が次なる針を刺すかもしれない。近い将来に原油が世界をどこへ向かわせるかは、株式市況が実態を反映しているか否かにかかっているだろう。