千円の最低賃金

 この10月、北海道の最低賃金は「2年連続の大幅増額」で667円になった。644→654→667というのは、これまでの上げ幅からみれば確かに大きいし、3時間2千円という働かせ方が違法になったという意味では今回の改正も一応の意義があろう。しかし、いわゆるワーキングプアをなくすという価値観でみると最低賃金が千円は必要になる。
 時給千円というと随分と割がいいように聞こえるがどうだろうか。フルタイム労働者であれば、一日8時間・週5日・年50週の勤務として年2000時間だから年収200万円に過ぎない。これに厚生年金15万円、国民健康保険8万円、所得税7万円、住民税14万円を控除すると手取りは150万円強。住宅費などを考えると、扶養者がいなくとも最低限度の生計費にしかならない。しかし、それにも関わらず大幅な最低賃金の切り上げがなされない要因は自民党よりも連合の側にあるように思えてならない。連合は組織率15%程度であるだけでなくその組合員が大企業の正規従業員に偏っており、もはや全ての労働者の代表というべき立場にはない。企業の総人件費が抑制される中で最低賃金のみを切り上げれば、そのしわ寄せが正社員の方にいくおそれがあり、それゆえ格差是正を叫びながらも、連合として切り上げを真っ向から取り上げることに躊躇してしまうのだろう。労働組合が正社員の特権的な身分を守ることに汲々とする矛盾。このことに問題意識を持つ組合役員も多いが、個々の組合員の利害関係のために産別の組織としての声にならないでいる。まあ、地方公務員で自治労の組合に加入している私は、それを評すべき立場にもないのだけれど。
 私は最低賃金を全国一律千円にすべきだと考えているが、その理由は格差是正だけにあるわけではない。今の最低賃金では生計を立てることは困難であるが、社会と関わりを持ちたい主婦のようなボランティアに近い動機、あるいは職場というところを体験してみたい学生のようなインターンシップに近い動機で就業することもあり、最低賃金を生計費と同一化させるとこのような就業の需要に応えられなくなるからだ。私が賃金千円を主張するのは、これがインフレを導くものだから。
 最低賃金が千円になっても、それによって物価が上がるからワーキングプアはなくなるまい。しかし、貨幣価値が下落の方向にあると、未来ではなく現在の使用が有利になるため消費が拡大することになる。円の価値の下落は、すなわち外貨との比較で円安なのだから輸出にも有利になる。なんといっても国と地方と合わせて千兆円にもなるという政府の借金。これがインフレになれば軽減されることになる。最低賃金を序々にではなく一気に上げることで物価上昇(貨幣価値の下落)の引き金を引くというのが財政再建と景気回復の両方で躓いている日本にとって一石二鳥の処方箋になる。
 そういう私の考え方でいけば、与謝野馨経済財政担当大臣の「悪魔的手法」というインフレ観はどうも気に入らない。大恐慌時のドイツのようなハイパーインフレは論外であるが、安定したインフレはケインズでさえも評価したものであった。現状を打開する最も現実的な扉であり、それを開くのが最低賃金の改正という鍵だと思うのだが。