ラーメンと蕎麦

 北海道の名物といえばカニジンギスカンそれにラーメンあたりをイメージする人が多いのだろうか。しかし、カニは地元でもそうそう食べるものではないし、寒さに弱い羊は畜産のさかんな北海道ではあるけど不得手な食肉の一つである。
 ご飯に味噌汁という合わせものを新天地風のこだわらなさでアレンジした札幌味噌ラーメンは、特に凍てつく冬場には、北海道の風土を体現しているともいえるが、その食材にはやはりヨソ者の感がある。麺の小麦も、味噌やモヤシの大豆も道内で生産できるものなのだが、観光ずれしすぎており、既にどさんこではなく、観光客の食べ物になっている感があるのだ。
 ただ、すすきのラーメン横丁が賑やかだった時代とは異なり、駅エスタ10階のラーメン共和国には新たな息吹も感じられる。道内の名店を集めてしかも定期的に店舗を入れ替えているから、札幌ラーメンだけではなくこんなにもバラエティーに富んだラーメンがあることを思い知らされる。私としては、醤油ラーメンがこれほど美味しいものであるとは知らなかった。醤油はインスタント麺の味付けに容易に使われてしまい、それが軽薄な印象を与えてしまうのであるが、魚醤の深さはチャーシューを超えるし、旭川の蜂屋などは味噌よりもコクがあったりする店の一つだ。
 ラーメンといえば残念な思い出があるのは中標津。酪農地帯の中標津ミルクラーメンなるものがあると聞いていたから、二度続きの出張の際にぜひ食べてみようと思っていた。しかし、一度目は町中の店舗が全て定休日になる火曜日にぶちあたってしまい、日帰りだった二度目は業務が立て込んでおり碌に昼食をとる時間もなかった。別に、ミルクラーメンが美味しいと思っているわけではない。しかし、バターラーメンがあるならばミルクラーメンがあってもよいのであり、想像するほど気持ちの悪いものではないと思うのだ。そういうラーメンが辺境の地にあるのであれば人生で一度くらいは賞味してみたかったということなのだが。
 麺類の中でも、北海道が蕎麦の名産地であることはあまり知られていない。全国の市町村別の蕎麦生産量では、1位が幌加内町、2位が深川市、3位が旭川市となる。要点は、どれも道内だということではなくこの二市一町が隣接しているということ。石狩川中流域にある寒暖の差著しいごく限られた地域が、日本の蕎麦の生産を支えている。
 深川に近い旭川の江丹別がこの地域の核になるのであり、以前、旭川で江丹別蕎麦を食べさせる古い店に連れて行ってもらったことがあるのだが、情けないことに私が頼んだのは天ぷら蕎麦。われながら、掛け蕎麦ともざる蕎麦とも言わなかった愚かしさ。
 好きに蕎麦屋となると話はさらに北へ飛ぶ。天北線稚内へ向かう途上の音威子府という人口千人弱の村があるのだが、ここの駅蕎麦が美味しい。蕎麦の色が黒いのは栄養あれど味覚なしとして敬遠される皮の部分を使っているのだが、ここの蕎麦は不思議なほどアクを感じない。そして掛け蕎麦のあっさりした汁に蕎麦の強い香りが溶け込んだとき、それは大平原にどこまでも広がる蕎麦の畑を想起させてくれる。

 その土地ならではの美味しいものを食べる。麺類のような日常的なものであっても、そのことでより旅や地域とのつながりを楽しめるようになるのだと思う。